子供がいる、ってことはそれだけでスリリングだ。
男の子だと、さらにその度合いを増す。
男の子が2人になれば二乗になり、3人ともなれば三乗というより惨状に近い。
ある日のこと、夕食の支度をしていると、けたたましい目覚まし時計のベル音がする。
どこから聞こえてくるのだろうと捜索を始めた。
あちこちいくつかの扉を開いたあとに発見されたソレは、
冷蔵庫の野菜室でレタスやキャベツと仲良く並んでいた。
ダンゴムシのように丸くなって階段を転げ落ちた時も、
大事に抱えて守っていたのは目覚まし時計だった。
そんなのと心中するのはヤメてくれ・・・
男の子のケガは歯磨きの頻度でやってくる。
外で遊ぶようになると、昆虫との甘い出会いがあって、
ダンゴムシに始まりバッタを経て一人前の男の子へと成長していくのだが、
まだ幼いプレ男の子は、カブトムシとゴキブリの区別がない。
カミキリムシであろうとカメムシであろうと、たとえ母が忌み嫌っていようが関係ないのだ。
すべからく愛おしいムシちゃん。
そんなある日、玄関先でなにやら息子が叫んでいる。
両手をボールのようなカタチに丸めたその片方の手をそっと開くと、ムシ。
ムシ音痴の母にはそれが何であるのかさえ分からないが、とりあえずムシだ。
家の中で、いや敷地内でムシが発生しないようにと母はかなりの労力をさいている。
にもかかわらず、目の前の息子は「飼いたい」とのたまう。
ゆっくり深呼吸した後、ずるい大人は言った。
この子には親も兄弟もお友達もいるのよ。
あなたが飼いたいからって連れてきちゃったけど、いまごろ心配して探してると思うわ。
可愛い子だからって、知らない人に連れてかれてママに会えなくなったらどうする?
・・・・・やだ。
もとの場所に返してらっしゃい。
ケガしないようにそっと運んで、おウチの人のところに返してあげなさい。
その後、彼は哀しそうな顔でムシさんをおくりとどけた。
あの悲痛な表情は、ムシを飼うことができなかったせいなのか、
心ならずも誘拐事件をひきおこしてしまったせいなのか。
いずれにしてもいつか彼は、ズルい大人の詭弁を知ることになる。
後日、ムシ事件話しで盛り上がったママ会で小耳にはさんだのは、
昆虫大好きな息子さんとムシは大の苦手のママのお宅での出来事。
学校のプリントもろくに出さない息子の部屋を掃除していたときのこと。
カサカサいっているような気がする机の引き出しを開けて彼女は気絶しそうなほど驚いた。
そこには、筆箱に入っていたであろう泡のようなカマキリの卵の残骸と
おびただしい数のちっちゃなカマキリ達。
やってくれるなぁ・・・