若かりし草刈正雄が軽快なサックスのBGMで登場するカッコいいCMがあった。
渡辺貞夫は当時、日本で最も有名なサックス奏者でアメリカでも知られていた。
「渡辺貞夫とセッションしたことがあるんだ」
ロサンゼルスの片隅で小さな楽器店を開くおじさんはよく自慢していた。
つい最近、渡辺貞夫さんのBlue Note New York での演奏に偶然であった。
ご存命でお元気そうでなにより、と思いながら耳を傾ける。
御年88歳。この演奏がいつのものかは定かではないけれど、ゆうに80を超えていたはず。
枯れた演奏は軽く優しく流れていく。
若くて元気が有り余っている頃には強い刺激や音が心地よく感じられたりしていた。
はっきりとしたビート、強く安定したベース、きらびやかな音とパッセージ。
それが、時をかさねていくとそれらの刺激がツラくなってくる。
キラキラと輝いていた音は鋭い金属音に様変わりする。
心拍数があがることが高揚感だったはずなのに、いつのまにか動悸息切れ促進剤のように感じられる。
いつの頃からか、穏やかで優しくて、ときに切ない音楽にひたることが多くなっていた。
食事と同じように、さまざまなものが重いものから軽いものへと移行しているみたいな気がする。
好きな音楽、好ましい食事が軽くなっていくように自分自身も軽くなっていくように思う。
親の期待、周りの思惑、将来への不安、子供への責任、社会的な立ち位置と責任と不安etc.
重くて耐えられないと感じることも多々あったけれど、
時をへるほどに、それらが薄皮をはぐように1枚1枚と剥がれていく。
両親を見送り、子供たちは私よりよほどしっかりした大人に成長した。
誰かのために生きることから、自分のために生きていいフェーズに移行しつつある。
空気のように風のように流れていく音を聴いていると
「いままでよくがんばったね。これからは少しペースおとしてお気楽にいこうや」
と言われている気がして、泣けてきた。
よくがんばった、エラいぞワタシ。
そうつぶやいて、自分を抱きしめる。